「わかりました」はホントはわかっていない。

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コーチング論

 

こんにちは。山田亨です。

さて、さきほどメールマガジンの記事を書いていて、ふと思い出したことがあり、今日はそのことについて書いてみます。

少し難解かもしれませんがお付き合いくださいね。

 

参加者のこえ

昨年、現代哲学からコーチングを研究するビジネスコミュニティを開催していたのですが、その講義の中でいただいた感想がありました。

その参加者の方、曰く、

「なるほどー。こうして当たり前だと思っている話を回りくどく理解することに意味があるのですね」 

とのこと。

 

フランスの文芸批評と「フィードバック」の結びつき

確か場面は、コーチングにおける「フィードバック」の概念について解説したときだったかな、

「自分の感じたこと、受け取ったことを相手にそのまま伝にえつつ、同時に伝えたフィードバックの内容にこだわってはいけない(押し付けてはいけない)」

という、フィードバックの基本的な作法について、フランスの批評家ロラン・バルトのテクスト論を参照しながら解説した時にいただいた感想です。

 

理解の道筋による深さの違い

この感想って、本当に大事なことを言ってくれていて「フィードバック」というコーチングでよく使われる概念を理解する時の理解の深さの違いについて、

「フィードバックの時は、フィードバックの内容を相手に押し付けてはいけませんよ」とだけ理解するのか、

それとも、  

『「作品」には作者の伝えたい「真実」が隠されていて、その「真実」を言い当てるのが批評家の正しい姿勢である』

という当時の文芸批評の常識を覆した「テクスト論」の考え方を理解し、そこに含まれる意図をコーチングの「フィードバック」の概念にも適用した上で、

「フィードバックの時は、フィードバックの内容を相手に押し付けてはいけませんよ」と理解するのか

では、大きな違いがあるということを示してくれています。

 

「わかりました」はわかっていない

なぜそこに違いが出るかというと、

「フィードバックの時は、フィードバックの内容を相手に押し付けてはいけませんよ」→「はい、わかりました」

というだけのやりとりだと、受け手は教え手が伝えようとしたレベル感ではわかってはいないからなんですよね。 

このこと、何を言っているかというと、

「フィードバックの時は、フィードバックの内容を相手に押し付けてはいけませんよ」という教え手の背後には多くの経験があり、この一言の背景にはその経験に基づく厖大な情報量があります。  

 

情報を受け取れない受け手

でも、教わる方の受け手側にはそのような経験値や問題意識は少なく、教え手が持っている厖大な情報量を受け取るアンテナがありません。

同時に、教わる方のいろんな「思い込み」も受け取る際の情報をロスを大きくさせちゃいますね。人は自分が理解したいようにしか物事を理解できませんからね(このあたりはメールマガジンで詳しく書いています)。

つまり「フィードバックの時は、フィードバックの内容を相手に押し付けてはいけませんよ」と教え手が受け手に渡している情報量と、受け手が受け取ることができる情報量には圧倒的な差があるということですね。

非常に残念なことですが、教え手が伝えた内容の大部分は、受け手には受け取られず流れ去ってしまいます。

 

「情報ロス」をどのように補うか

でも、これはもう人間の本質でもあり、ある意味しょうがないことではあるのですが、何かを学ぶ時には、なんとかその情報ロスを減らしたいわけです。

その情報ロスを補う方法が「抽象度の高い知識に照らしてよく考える」という作業です。

抽象度の高い原理原則に照らしながら「なぜ、そういうことがいえるのだろう」と自分なりに思考を回すことで、受け手は教え手の発言から受け取れる情報量を増やすことができます。

加えて、抽象度の高い視点から物事を考えることで、思い込みの入り込む余地は限りなく少なくなりますし、より本質に近い上位概念から物事を腹落ちさせられるので行動にも力強さが出てきますね。

 

「分かりました」ではなく「理解が深まりました」

と、まぁこんなことを考えながら普段生きていますので、自分自身も何かを学ぶ時には先生が発信している情報量の全てを受け取れていないことはよくわかっています。

ですので、何か大事なことを教えてもらった時には「わかりました」というのではなく「理解が深まりました」と返答するようにしています。

先生の教えを「わかる」ことなんてなかなかできないんですよね。

そして、わかろうとするためには、抽象的な知識をフレームワークににして当てはめてみて、よく考えながら理解すること。

自分は「哲学」の考え方をフレームにして物事を理解するようにしていますが、このフレームは自分の思い込みなどこっぱみじんに砕いてくれますのでとっても強力です。

 

まとめ

以上、長くなってしまいましたが言いたかったことはひとこと。

何かを学んだ時、自分の偏狭な思い込みを排して、教え手からできるだけ多くの情報量を受け取るために、分かりやすいことも、抽象度の高い知識に照らしてよく考え、「なぜそう言えるのか」という視点から回りくどく理解しよう。

ということでした。

「自分はわかっていないんだ」という謙虚な姿勢が何よりも大事ですね。

ABOUT US

山田 亨(TORU YAMADA)
『心の参謀本部』主宰、人材育成・組織開発活動家
経営者、管理職向けのヒューマンスキルなど教育、コンサルティング、コーチングをテーマに活動。このサイトでは現代思想・現代哲学をベースにした高抽象度の視点から現場での人材育成・組織開発について論考しています。