未熟な人には見えないものと、成熟した人が見ているもの

成人学習

この記事は前回の記事の続きです。前回の内容は読まなくても内容はご理解いただけますが、ご興味ある方はこちらの記事もぜひご覧になってください。

「人間力」ってどういう意味ですか? だれか教えて。

2016.03.18

さて、前回の記事では

  1. 「「人間力」のような解釈に幅のある概念は、しっかりその意味を自分で定義付けて置く必要があるということ。
  2. そこが曖昧だと、何かを伝えようと思っても、残念ながらあなたの話は宙に浮いた抽象論に終始し、全く伝わらないものになってしまいかねないこと

についてをお伝えしました。   

その上で、言葉の定義が違うと話の文脈がすれ違い、組織コミュニケーションにおける大きなストレスになる場合があるので注意が必要であるということをお伝えしました。

人間力のある人のふるまい

とはいえ「人間力のある人」のイメージはなんとなく湧きますよね。

例えば、

  • 包容力があり、でも筋を通すべきところはしっかりと筋を通す。
  • 腰が低いけれども決して卑屈にはならない。
  • それほど器用に立ち回れるわけではないけれども、決して野暮な行いはしない。
  • 自分のことより他人の成功を何よりも喜ぶ。
  • 気遣い、心遣いができる。
  • 修羅場でも落ち着いている。

などなど。概ね同意いただけるところだと思います。

でも、本当に私達が知りたいのは、どうやったらこのような力を手に入れられるか、どうやったらこのような「在り方」ができるのか、ということ。これが本稿で提起する問題の核心です。

「人間教育」の目的

前回の投稿で「学生スポーツにおいて躍進するチームは人間教育に力を入れている」ということを書きました。そこには実体験も含まれていまして、私自身も少しだけ学生スポーツに関わらせていただいたことがあり、その中で思ったことがあります。

それは、しっかりと人間教育のなされたチームに所属する選手は「自分の外の世界」に対する感受性をしっかりと持っているということ。

前回の投稿で例に出させていただいたようなチームでも以下のような人間としての成長は起こっています。

  • 宿舎の掃除をすることで、環境を汚してはいけないと思う。 
  • 宿舎の周りのゴミ拾いをすることで、自分の宿舎の外にも「人」が住んでいることに気づく。
  • 自分の用具を大切にすることで、用具の購入の支援をしてくれた父母に感謝することができる。
  • 審判や運営の人に感謝することで、今こうして自分が競技に集中出来る環境に心から感謝することができる。

こうして、人間として成長することで、視野が広がり、今まで自分の世界を構成する要素として全く見えていなかったものに対する「まなざし」が芽生え、自分たちを支えてくれる他者に対する感謝の気持ちが生まれます。  

その気づきを経て初めて人は「自己管理」ができる人間に育っていきます。他者との関係性の中で他者の存在に敬意を持ち(決して小さくならずに)自分を律していけるようになることが「人間的な成長」です。

未熟な人に見えていないもの

この話をスポーツだけではなく、視野を広げてビジネスや人生全般に置き換えて考えてみましょう。

結局のところ、精神が未熟だと見えているのは自分のことだけです。

自分の視線のフォーカスは完全に自分の心の中にあたっています。自分の心が揺らげばそのまま動揺し、うまくいかないことが続けば「自分はダメなやつだ」と勝手に自信をなくし、それが進むと「自分の心など誰もわかってくれない」と一人で苦しみ最後は被害者になっていく。 

そこには感謝する・尊敬する対象としての「他者」は存在しておらず、自分を苦しめる「他者」が居るだけです。そんな世界で生きているのはとても苦しいはずです。

成熟した人が見えているもの

一方、人間力のある人、言い換えると成熟した人は、他者との関係性の中で自分の考え方、感じ方、行動を修正していくことができます。

独りよがりな思考に気づき、フィードバックに心から感謝し、謙虚に自分の行動を修正していきます。 

彼らは関係性の中で様々なフィードバックにアンテナ(感受性)を高くし、「どんな小さなことからでもどんどん自分の行動を修正し、進化することで自分は守られる」ということに強くリアリティを感じているので、謙虚に振舞うのです。

別に人より抜きん出て道徳心が篤いということだけではなく、単にその方が成長できると思っているだけ。「どんな人(自分よりもはるかに未熟な人からでも)からでも学びを得ることができる」ということに強いリアリティを持っている人が、結果的に「人間力のある人だ」と他者から見られるということなのでしょう。

では、どうすればよいのか?

まとめると、「人間力のある人」とは、「他者との関係性の中で自分の行動を修正していくことができる人」のこと。言い換えると「どんな人や物事からでも学びを得ることができる人」のことです。

人間力をこのように定義していくと、その対応も自ずと決まってきます。大事なことは「振り返り」。中国古典『四書五経』の最高峰である易経を出自とする言葉に「乾惕(けんてき)」というものがあります。正式には「君子、終日乾乾し、夕べに惕若(てきじゃく)たり。」と記述されています。

リーダーとして(易経では飛龍に例えられています)大きな仕事をしていくためには、その途中段階でしっかりと自らを磨いていかねばなりません。

「乾惕(けんてき)」の意味は、昼間は恐れることなく仕事をし、ひたすら前向きに仕事を推し進める。当然、仕事や環境になれてくるとリスクを過小評価したり、人の気持ちを置き去りにしたり、些細なほころびが出てきます。

この点、ポイントは「夕べに惕若(てきじゃく)たり」の部分で、夜、一人になったときに一日を振り返り、気の緩んだところはなかったか、全力を出し切ったか、誠実だったか、もっと他のやり方はなかったか、など振り返りを行う習慣をつけること。

これができるようになると「途中、危うい場面はあるかもしれませんが、あなたは大丈夫でしょう」と易経は教えてくれています。

昼間は思い切って仕事をして、夜になったら今日の自分を省みて恐れおののくぐらいにしっかりと振り返ること。そして、その振り返った事柄に基づき、翌日以降の仕事の中でしっかりと行動を修正していくこと。人間力を上げるっていうのは、こうしたサイクルを絶え間なく回し続けるプロセスだということなのですね。

ABOUT US

山田 亨(TORU YAMADA)
『心の参謀本部』主宰、人材育成・組織開発活動家
経営者、管理職向けのヒューマンスキルなど教育、コンサルティング、コーチングをテーマに活動。このサイトでは現代思想・現代哲学をベースにした高抽象度の視点から現場での人材育成・組織開発について論考しています。