「依存を生む共感」と「前に進む共感」の違い

こんにちは、山田です。

 

「共感」について考える    

さて、初対面や関係性の浅いビジネスパーソンを前にしたとき、最近は抵抗なくいろんなことを喋ってくださる場面が多くなっているような気がします。

もちろん、会話の組み立てとか関係性の築き方とか自分なりに仮説を立てて検証してきた結果なのですが、その中から、今日は「共感」というものについて少し考察してみたいと思います。

   

「共感」を寄せる

協働関係を作り上げ、その人の成長に向けてクリエイティブな会話を進めていくためには、相手に「共感」する、もう少しナナメから言うと、相手が「自分に共感が寄せられている」と感じるようなあり方というのは非常に大事なことです。 

ですので、コーチはクライアントさんが言った様々な言葉に「共感」を寄せていくのですが、一方で「共感」ばかりしていると、会話に緊張感が生まれずコーチングの関係は力を失ってしまいます。

クライアントに深く共感して感情を動かしてもらおうという意図で「共感ポイント」を探し続けた結果、コーチングがあらぬ方向に迷走してしまうというのは良く見る景色ですね。

これは非常にもったいないことです。

 

「緊張」と「共感」の両立

「クリエイティブ・テンション」という言葉がありますが、コーチングでは創造することに視点を置いた会話の緊張感はとても大事です。

相手が「自分に共感してもらっている」と感じるように関わりながら会話に緊張感を持たせ、「クリエイティブ・テンション」を維持しながらコーチングの関係性の舵をしっかりと握っていく。

この両立の難しそうな相矛盾する要素をどのように両立させていくか。この問は、特に、安っぽい共感を必要としない、百戦錬磨のビジネスパーソンを相手にした時には、このことは本当に重要なことだと感じております。

 

「共感」の階層 

冒頭の話に戻りますと、なぜ、こうしたビジネスパーソンたちが山田には色々なことを話してくれるのか。

言い換えると別に僕と会話をしたいわけではなく、彼らは山田という話し相手に自分を語ることである意味、自分を癒しているわけですが、なぜ、そういうことを話そうとするのか。

それは、相手に共感している階層が普通の人より深いところにあるからだと自分自身は分析しています。 

誤解しないでいただきたいのは、これは、山田に特別なセンスや才能があるという話では全くありません。原因が明確で再現性のある話です。

 

僕たちの思考の自由は制限されている

その原因とは、私が社会や人間を見る際の基本的なメタ知識としている構造主義以降の現代哲学・現代思想にあります。

世の中の人や組織の中で起こっている問題。多くの場合、当事者は積極的に悪気があって問題を起こしているわけではありません。

そこには複雑に絡み合った人間や社会の仕組みがあり、その仕組みの中で、私たちはある偏ったものの見方をさせられ、物事を感じさせられているにすぎない。

現代哲学・現代思想を学ぶことでそんなことが理解できるようになってきます。

そうしたところから、人や世界を見ていること。ここが自分の原点です。

 

「この人に自分のことを話そう」と思うとき   

自分でも自覚できず説明できない「自分の中の反応」、知らず知らずにうちに心の中にしのびこむ「無自覚な恐れ」。

人間というのは、どこまでいってもそういうものに振り回されている存在だということへの、ある種の諦めと絶望感。

こうした社会や人間の有り様の中で、それでもなお、何かを「創造」しようとする者が直面する痛み。

そして、そうした痛みに向き合いながら、ごく稀に触れることのできる人間の素晴らしさ、それでもなお、何かを創造しようとする人への心からのエール。

さらには自身の人間性が磨かれていくことで感じる成長への安堵感。

その人の話す個別具体的な「物事」やその人から発せられる個別具体的な「感情」ではなく、そうしたその人全体をとりまく構造に対して根本的な共感を寄せ、

そうした複雑な感情が相手にも伝わった時、相手は「この人に自分のことを話してみようか」と思うのではないかと自分なりに想像しています。

 

依存を生む「共感」と前に進む「共感」

依存を生む共感と前に進む共感の根本的な違いは何か。

それは、個別具体的な「現象」や個別具体的な「感情」にフォーカスして共感しているのか、

それとも、もっともっと深層にある、人間として存在することについての「業(ゴウ)」のようなもの、「しがらみ」やそうした「人間」が織りなす社会の残念さ、さらにはたまに接することができる「人間」の奇跡のような素晴らしさ、

そういった、清濁入り混じったものに対する深い共感があるのか、そんなところに違いがあるのではないかと、少しずつ思い始めているところです。

具体的で表面的な共感は、一時的な動機付けや関係性のアクセントには良いのですが、使いすぎると依存を招くし、基本的にそれを必要としていない人も多いということです。    

そして後者のレベルで、深い共感が伝わっていれば、表層レベルでのハードな関わりで関係性が崩れることはありません。

    

おわり      

少し長くなりましたが以上です。

偉そうなことを書きましたが、私自身もここで書いた内容が嘘にならないよう今後ともしっかりと努力していきたいと思います。

それでは、またお会いしましょう。お読みいただきありがとうございました。 

       

<編集後記>

山田がコーチングのコアコンセプトにしている「TLC」の概念が体感できるミニワークショップが11/2(水)に開催されます。

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ABOUTこの記事をかいた人

山田 亨(TORU YAMADA)

現代哲学からコーチングを解釈した視点をもとにクライアントさんと関わり、現実の課題に対応しながら意識の深層からの変化をガイドすることで、単なる現実面での目標達成のみならず、思考や精神のあり方自体を創造的に体質改善するトレーナーをしています。

職業は肉体改造をガイドする「フィジカルトレーナー」にならって、ビジネスパーソンの精神的な体質改善をガイドする「メタフィジカルトレーナー」を名乗っています。

注1:メンタルトレーナーとかスピリチュアル系のコーチではありません。念のため。

注2:余談ですが昔スポーツクラブでフィジカルの方のトレーナーもやっていました。