箱根駅伝『青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」』を現場で活かすために必要なこと

新年あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

さて、今年の箱根駅伝、青山学院大学が大学三冠×3連覇という偉業で幕を閉じましたね。本当に素晴らしいことです。今日はこの時事ネタから始めてみたいと思います。

今朝の新聞に相手校のコメントが掲載されていましたが「青学はどのような状況になっても対応出来る」「メンタル面で負けている」「我々も何か別の取組を考えないといけない」みたいな話がありました。今後、ますます原監督の手腕が注目されていくんじゃないでしょうか。

 

「管理職の仕事は管理じゃない」

関連して本日の東洋経済のこの記事、とても勉強になりますね。

青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」

 〜常勝軍団を率いる名将が明かす人の育て方〜

質問を駆使して選手に自分で考えさせ「監督に指導される集団」ではなく「監督に相談する集団」に転換していった原監督の手腕、そして管理職の仕事を「管理すること」ではなく「見ること」であるとする役割の再定義、本当に素晴らしいと思います。

そして記事では以下のような具体的なやり取りが書かれています。

たとえば、選手が「足が痛いです」と私に言ってきたとします。それは相談ではなく報告です。だから私は、選手にこう問いかけます。

「それで?」、続けて、「どこがいつから痛いの?」「治るまで1週間? 10日? 1カ月?」と質問を広げていきます。

さらに、「治るまで1カ月かかるなら、いつまでに治すように努力するの?」「それまでにできるトレーニングはA・B・Cがあるけど、どの方法でやってみたい?」と具体的にしていきます。

そして、「今回はトレーニングAにしたいと考えていますが、監督はどう思いますか?」と自分で答えを出すところまで求めます。そのとき、それが本当の相談であると部員に話してあげるようにしています。

非常にわかりやすく、ビジネス文脈で部下に質問して考えさせるイメージも湧くところですが、この手のお話、いざ現場で使ってみると、これはなかなか思うようにはいいかないなぁと感じていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?。  

     

7年待てる?

なぜ、そう感じるかというと、うまくいき始めるまでに時間がかかるからです。以下、記事からの引用です。

このレベルに部員が育つまでには、やはり時間が必要です。初期の段階は教えることがたくさんありました。考える習慣がない部員に「さあ、考えなさい」と言っても無理。だから、監督に就任した頃は、私が話すことが多かったと思います。

記事では学生に自らの考えが浸透したと感じるまで、7〜8年かかったとあります。

考える部員(=部下)を育て、自立するチームを作るにはそれだけの時間がかかることを覚悟し、たとえ部下の成長が牛歩の歩みでも、辛抱強く語りかけ、相手の成長を待てるか、という腹の据わりがこの話の一番大事なところだったりします。

多くの人はうまくいくまでのプロセスを踏んでいるにもかかわらず「うまくいっていない」と思って途中でやめてしまう。その中の一部のリーダーがブレずに取組を続け、大きな結果を実らせていきます。

では、なぜ自ら考え、相談する部下を育てられる人は「待てる」のか?

 

部下の成長にリアリティを持てるか?

「待てる」人と「待てない」人の違いは、最終的には部下の成長の可能性を信じることができるか、成長した未来の姿にリアリティを持てるかどうか、という点に帰結していきます。

当たり前ですが、待てるリーダーは部下の成長した姿にリアリティを持てるので部下の成長を待つことができる。今のもどかしさが将来の大きな姿につながっているとわかるから待つことができます。

原監督も就任した際には5年で(箱根駅伝に)出場、7年でシード、10年で優勝争いという目標を掲げていたようですが、どん底の中でも少なくとも優勝争いをする姿は見えていたんだろうなと思います。

今は牛歩の歩みでも、数を重ねれば必ずその人は成長する。最初は小さなドングリの実でもやがて大木にまで成長する可能性を持っている。

方法論があることはもちろんですが、人の成長の可能性を信じることができ、ビジネス面での責任や持続性に照らしてギリギリまで待てることができるマインドが、人を大きな成長へと導くことができるリーダーの姿です。

  

なぜ人の成長を信じられるのか

では、人を大きな成長に導ける人はなぜ部下の成長を信じ、部下が成長した姿にリアリティを持つことができるのか?ここでは二つのポイントを挙げたいと思います。

① 自らが体験していること

まずは、自身がそうして育てられた(又は育った)経験を持っていること。

想像ですが、おそらく原監督自身もそうやって育てられた(育った)経験があるんだろうと思います。

サラリーマンで営業職を経験されていたということで、課題や目標数字に直面した際、上司から質問され、自ら考えPDCAを回していくことで見えてくる世界、そしてそのプロセスにおける自分の成長について強い臨場感(リアリティ)があったのでしょう。

② その体験がメタ認知され、抽象化できていること

でも「体験」という具体的な事例だけでは応用範囲は狭く、人格や状況の全く異なる「他者」に対して広く当てはめることはできません。自身の「体験」を人格も状況も全く異なる「他者」にそのまま当てはめようとすることを「独りよがり」といいます。

なかなかそういう上司にあたると辛いですよね。お読みのあなたもそういう苦い経験があるはずです。

ある「体験」を別の事柄に応用し、結果につなげていくためには、自身の体験を振り返り、高い視点から「メタ認知」し、抽象化したロジックを構成しておくことが必要です。

抽象化したロジック(方法論)を持つことで人格や状況の全く異なる「他者」が織り成す様々な状況に対しても、自らの「体験」に囚われることなく、その時固有の適切な具体的対応を導き出すことができるようになります。

 

体験を抽象化できている人は未来が見える

自分自身が体験したリアリティのある具体的事象をメタ認知し、普遍性のある「方法論」にまで落とし込め、その方法論を自在に目の前の具体的事象に当てはめて世界を見ることができる人は、ある程度未来を見通すことができるようになります。

青学の原監督にしても、当初、全く手応えのない中でも大きな目標を打ち出し、そして、プロセスの途中で廃部寸前の危機まであった中でもブレずに部員達の成長を信じ未来を信じることができる。

ビジネスの方法論をスポーツ界に持ち込んだわけですが、それは、自ら体験してきた一つ一つの具体的な事柄をメタ認知でき、普遍的な方法論にまで落とし込めていたからこそ描けた画であり、このような意識状態で未来が見えている人は(心中穏やかではない場面は多々あるにせよ)ブレません。

    

方法論の質を左右するのは振り返りの視点

世の中の物事は「具体」と「抽象」の二つの軸で分類することができます。

「具体」は数が多くなりますがその適応範囲は狭くなり抽象は数は少ないですがその適応範囲は広くなります。

私たちは理解しやすい具体的な方法論を学びたがりますが、複雑な状況や背景も人格も全くちがう「他人」を前にした時、具体的な方法論にはなかなか再現性はありません。

大事なのはどれだけ「抽象的な視点」から物事を見ることができているか。「抽象的な視点」から日々起こることを振り返り、抽象視点から理解できているか。

青学の原監督が十数年かけて花を咲かせたように、日々のこの積み重ねが最終的には大きな差につながっていきます。

そして、その成長スピードを高めてくれるのが抽象的な知識。その一端を無料のメールマガジンでご提供しておりますので、記事下のメルマガもぜひご覧になってください。

 

(追伸)この記事に関してもう一つ書きたかったのですが、長くなったので別記事に回します^^

青学・原監督「管理職の仕事は管理じゃない」

 

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ABOUTこの記事をかいた人

山田 亨(TORU YAMADA)

現代哲学からコーチングを解釈した視点をもとにクライアントさんと関わり、現実の課題に対応しながら意識の深層からの変化をガイドすることで、単なる現実面での目標達成のみならず、思考や精神のあり方自体を創造的に体質改善するトレーナーをしています。

職業は肉体改造をガイドする「フィジカルトレーナー」にならって、ビジネスパーソンの精神的な体質改善をガイドする「メタフィジカルトレーナー」を名乗っています。

注1:メンタルトレーナーとかスピリチュアル系のコーチではありません。念のため。

注2:余談ですが昔スポーツクラブでフィジカルの方のトレーナーもやっていました。